寄り道の、蜂花苑
75歳、キャンプ場の経営者。
JTBから箱根町観光協会、そしてキャンプ業へ。
「やどりき愛」と歩んだ観光人生の物語
思ったより、ずっと近い自然
「こんなに東京から近くて、自然が豊かなところがあるなんて。」蜂花苑キャンプ場を訪れた客の多くが、そう驚く。新松田から車でわずか20分。中津川の清流に面したこのキャンプ場を、高橋始さんは4人の従業員と共に切り盛りしている。今では多くのリピーターを抱える人気施設となったが、その背後には、観光業に生涯を捧げた男の静かな情熱と積み重ねられた経験があった。
旅行会社から観光地の裏方へ
「もともとは、ずっとJTBだったんですよ。」高橋さんは生まれも育ちも寄。高校卒業後、JTBに入社し、団体旅行が主流だった時代から、海外旅行のパッケージツアーの隆盛、個人旅行への転換期までを見届けてきた。国内旅行の仕入れや商品造成、宿泊施設との折衝など、まさに観光の最前線に身を置いてきた。
定年後は箱根町観光協会の専務理事へ。観光庁が推進したDMO(観光地域づくり法人)の立ち上げにも尽力し、箱根全体の観光組織を一から構築していった。「受け手としての観光地側と、送り手である旅行会社の両方を経験してきたからこそ、できたことも多かった」と、当時を振り返る表情には誇りがにじむ。
ご縁で託されたキャンプ場
寄に戻ってきたのは、そんなキャリアの晩年。蜂花苑キャンプ場の創業者(オーナー)から販売促進を頼まれたのがきっかけだった。経営は火の車。だが、オーナーが急逝し、相続人もいない中で、「後は頼む」と託された。
「正直、困りましたよ。でも、やるしかないと腹を決めました。」
株式をすべて取得し、令和2年から本格的に蜂花苑キャンプ場の運営に乗り出した。まったくの素人から始めたキャンプ場経営。だが、コロナ禍が思わぬ追い風となる。密を避けたレジャーとしてキャンプが注目を集め、前年比150%の来場者を記録した。初心者にもやさしい環境づくりが功を奏し、口コミがじわじわと広がっていった。


川のほとりの、静かな再発見
「私が思う宿泊の一番の魅力は、中津川ですね」。自身も子どものころ、石を積んでプールを作り、友だちと泳いだ思い出があるという。今も蜂花苑キャンプ場の目の前を流れる中津川には、川遊びを楽しみにくる家族連れの姿がある。
「寄は、身近な自然の宝庫。お客様の多くが『こんなところがあったんだ』って驚いて帰っていく。観光地にはない『自分で見つけた感動』があるのでしょうね。」
非日常ではなく、豊かな日常の延長線にある寄の自然。川のせせらぎ、夜の虫の声、木々のゆらめきが、訪れる人の五感をゆっくりとほどいてくれる。
人がつながる場所を目指して
地域の記憶をたどれば、自治会や寄地区振興協議会等の活動の中心に、いつも高橋さんの姿があった。消防団さらには地元の森林組合まで、町の歴史とともに歩んできた。「地域の人が手入れしているから、風景が残る。そう思うのです。」
蜂花苑キャンプ場も、ただ泊まるだけの場所では終わらない。いま高橋さんは、地域の魅力をつなげる拠点づくりに挑もうとしている。新たに整備される管理センターとの連携や、地域内の施設同士の情報共有や交流の場の創出——すべては、寄という地の未来につながる道だ。
「仕事場がどんどん近くなってね。最後は、家から5分の職場になった(笑)」
笑顔の裏に宿る、静かな覚悟と継続力。75歳の今もなお、『観光』を通じて宿泊に新しい風を吹き込んでいる。寄の森とともに、まだまだ道は続いている。