寄り道の、花の里で
帰ってきた場所で紡ぎ直す、風景と人のつながり
萱沼へ、再び
1996年、安藤さんは32年間の会社員生活を終え、ふるさとの萱沼に戻ってきた。長く勤めた量販店では営業や本社のバイヤー業務など多岐にわたる役職をこなし、北海道にも通っていたという。
「若いころに町を出てからは、ずっと外の世界で暮らしていました。戻ってきた当初は、顔なじみも少なくてね。」
かつて遊んだ川や畑、山道。懐かしい風景のなかで、少しずつ日々の営みが始まった。野菜を育て、栗を拾い、桜やお茶を育てる暮らし。畑に出るようになり、地域の行事や清掃に参加するようになったことで、自然と人との縁が広がっていった。
土地をつなぐ、記憶を守る
「祖先が残してくれたものだから、大事にしなければと思うのです。」安藤さんの家は、茶畑や栗林、野菜を育てる畑など、山裾に広がる複数の土地を代々受け継いできた。飛び地も多く、自分の土地を把握するだけでも一苦労だという。それでも「草ぼうぼうにはしたくない。」と、定期的に草を刈り、貸し出せる場所は活用してもらっている。
山の上には、古い八重桜の畑もある。」見るだけでもきれいだから。」と、春には満開の花が迎えてくれる。季節の移ろいに合わせて変わる風景に目を配りながら、畑仕事は今も続いている。
やっぱり風景って、
誰かが手入れしているから
残るものなんですよ。
「役」によってつながる
地域活動の中心にいる安藤さん。これまで自治会長を3期、さらに現在は振興協議会の会長も務めている。
「最初は静かに暮らそうと思っていたけど、気づけばいろんな役を引き受けるようになってました。」
道路清掃に、ロウバイまつりや若葉まつりの運営、観光や自然休養村の整備にも携わる。まちづくりの話題が出ると、必ず名前が挙がる存在だ。
「自治会に入ったことで、人と話す機会が増えていったんです。皆さんに助けてもらってばかりですけどね。」
そう笑う安藤さんの姿は、今では地域の「顔」のひとりとして、多くの人から頼られている。
楽しみは、花と人
「この土地の好きなところ? やっぱり、花ですね。」
中津川沿いのしだれ桜、水源の森の散策路、畑に咲く桜や藤、さつき、そして季節の移り変わり。花を愛でる心は、幼いころ川遊びをした記憶とともに、ずっと心の中にある。
「春には孫たちが遊びに来て、一緒にお茶摘みや桜摘みを手伝ってくれるんです。あれは本当に楽しい時間ですね。」
外から訪れた人にも「こんなにいい場所があるなんて」と驚かれることが多い。週末にふらりと農作業に参加する人や、若い移住者の姿も少しずつ見られるようになった。
「寄ってみれば、いいところだってわかるんです。まずは知ってもらうこと、それが何より大事だと思います。」


続いていく風景のために
「やっぱり、風景って、誰かが手入れしているから残るものなんですよ。」
そう語る公一さんの言葉には、萱沼の風景とともに歩んできた時間の重みがある。土地を整え、季節の花を見上げ、山や畑の草を刈る——その一つひとつが、風景をつなぐ営みだ。
ふと見渡せば、手入れされた畑の先に広がる静かな山並み。その風景も、きっと誰かが守ってきたものなのだろう。そう思えることこそが、この土地にいることの尊さなのかもしれない。
これから先、誰がこの風景を担っていくのか。その答えはまだはっきりとは見えない。けれど、こうして語り継がれる記憶と暮らしの積み重ねが、きっと未来の寄を形作っていくのではと思う。